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目覚めは最悪だった。
全身水浸し。寒い冬にこれはありえない。
「おい、起きろって。そんなところにいたら風邪引くぞ」
お前が水をかけたんだろうが、もう好きにしてくれ。何もする気にならないんだから。ただ、出来るなら最後にあの人に一言だけ言いたい。
「#5はいるか、少し話がある」
来ても大丈夫と櫂が頷く。
「何?野口君。話って」
野口は少し驚いた顔で片瀬を見ている。
「そういえば、お前だけだっけ、俺を見て避けなかったのも、名前で呼んでくれたのも」
「あたりまえでしょう。何のために名前があるの、それに避ける必要なんてないじゃない。仲間なんだから」
これにはさすがに驚きを隠せない。たぶん顔にも出てしまっていると思う。
「爺さんと同じようなこと言うんだな、片瀬」
「あなただって私の名前覚えてくれているじゃない。爺さんって鍛冶師の松爺のこと?」
そうだと頷く。頼みごとはあまりしなくないけど流石に負けたとなれば高原は俺を殺しにかかるだろう。
「松爺にありがとうって伝えてくれ、どんな方法でもいいからさ」
「何言ってるの、自分で伝えたら言いじゃ・・・」
なんとなく悟ったらしい。それ以上言うことなく、
「分かった。何とかしてみる」
安心しきったような顔で起き上がる。かなり回復したようだが彼にはもう殺意はない。
「それにしても随分猫被っているみたいだけど、どうしたよ。お前もともとそんなキャラじゃないだろう」
赤面しながらいつもこうよと言い張る。
「おい、ええっと、あんた誰か知らないけど・・・」
「白峰だ。白峰 櫂」
「白峰か、気をつけろよ。お前今、研究所の連中の話題になっているぞ」
「それがどうした。来たら返り討ちにしてやる」
「ははっ」
可笑しくてたまらない。何だ。こいつら普通に会話してきやがる。
「何、笑ってんだよ。気味悪いな」
だってそうだろう。外はこんなにも面白いとは思わなかったんだ。片瀬が脱走したのも頷ける。
「いや久々に気分が良くてな。笑いが止まらないんだ」
「そうか。落ち着いたら中に入ろうぜ。ココアでも入れてやるよ」


高原から聞かされたのは野口の敗北と回収(しまつ)命令。
いずれそうなるとは思っていたが、失う悲しみはいつでも辛いものだ。また一人ぼっちか。そうなればあのバカを一足先に待ってやるのもいいかもしれないな。そろそろ婆さんにも会いたくなってきたし、茶でも持って行ってやるか。しばらく研究体の武器の発注はなく、最後の作品は自分のための小太刀。
出来れば最後に言ってやりたかった。
ありがとうと、そして楽しんで生きろと。
「満月か。綺麗なもんだ」
月明かりは部屋全体を照らし出す。
「じゃあな高志。元気でやれよ」
深く刺さる刀身は銀から赤に変わっていく。
「松爺。いままでありがとうな。俺、外の世界で頑張るから。戻るまでくたばっていんじゃねぇぞ」
薄れていく意識の中、窓から急に聞こえる声。
息子が死んだ日以来、流さなかった涙が溢れてくる。
顔が勝手に綻んでくる。
「バカたれが。いつまでもガキの面倒を見れるか。少しでも居心地いいとこに行くわい。まぁ、ゆっくり楽しんでからこいや。片瀬、恩に着るぞ。今までありがとうと伝えてくれ。回りくどい言い方で・・・」

静まりきった部屋。一つしかない窓には一匹の鳩。満足した顔で座る老人はようやく眠りにつくことができた。


「野口君、松爺はもう・・・」
「いい。なんとなく分かるんだ。爺さんのしそうなことなんていつも一緒にいたら嫌でも分かる。ただ、どんな様子だったかだけ教えてくれないか。」
それだけは素直に語れる。回りくどい言い方でなくていい。
「とても幸せそうだったよ。満足しきった顔だった」
「ふん、婆さんと仲良くいちゃついとけ、菓子でも持って会いに行ってやるよ」
強がっても正直なものはある。二人にとってそれは勝手にあふれ出す。
「先に入っとく。ここだと寒いしな」
部外者であるからこそ関わってはいけない。いや、関わるべきではない。気遣いのつもりはないが、それでも察しはつく。

星しかない空。そこに何を見ているかは知らない。だがきっといいもんだろうと思いながら、櫂は「玉蜀黍」の戸を開けた。



「終わりましたか。兄さん?」
ちょこんと一人カウンターに座る早紀。あぁ、ココアの甘い匂いが・・・。
「お前、先に戻って暖まりあがって、ずるい事この上ないな」
「何をおっしゃるやら、しっかり最後までは見届けましたよ。腕が衰えていないようで何よりです」
「期待に副えなくて悪かったな。暇な時に修行でもしておきますよ」
早紀は急に真剣な顔つきで訊ねる、
「ねぇ、兄さんもう一度、一緒に始める気は・・・」
「ストップ。何度も言っているように俺はもう辞めたんだ。そこはお前も認めていただろう」
「でも・・・」
「お邪魔します」
外にいた二人が入ってくる。
「治ったのか?」
「あぁ、一応出血は止まったし、傷口は塞がっているから大丈夫だ」
野口の腕はものの見事に治っている。本人から聞いたところ指南書という魔力の精製機があり、自身が所有できる量が尽きるまではある程度の治癒はできるとのことらしい。
「兄さん、止めを刺さなかったんですか?」
信じられない。と言いたそうな顔で生きている野口を見ている。
「当たり前だ。何で負けを認めてるのに、わざわざ止め刺さなきゃいけないんだ。それにさっきも言った通り、俺は白峰流をやめた。対峙した相手は必ず止めを刺せなんて決まりを守る必要なんて無いだろうが」
そんな事がある訳が無いと思っていた。戦闘中の兄の姿はあのとき見たまま。いや、それ以上の覇気と出し、殺気に満ち溢れていた。いくら回復できたからとして、見なくとも動けなくなるまで打ちのめしたものだと。過去の面影は無く、早紀の知っている兄は大きく変わってしまっていた。
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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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また、睡魔を相手に日々戦っております。






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